ああ、違う価値観もいいかもと思わずにはいられません。 | 札幌で留学・海外進学・奨学金獲得なら【SEA国際教育研究所】

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卒業生の声

2010.05.02

吉田礼子さん
■出身校/北海道札幌開成高等学校
■進学先/イースタンコネチカット州立大学
■編入先/マッギル大学
■就職先/ユネスコ本部(UNESCO)
 



20100502_01.jpgSEA の皆さん、初めまして。吉田礼子です。 「題は何でもいいから」と言われて引き受けたものの、何について書こうかいろいろと考えた結果、「病欠」の意義の捉え方の違いという主題にたどり着きまし た。 主題について書き始める前に、まずは簡単な自己紹介から始めます。 SEAとの出会いは20年ほど前、私の小学校時代にまでさかのぼります。 遊び半分で習い始めた英会話が最初。 その後、高校2年のアメリカへの交換留学前の集中講座、そしてその後正規大学留学への準備など、吉田先生、藤岡先生をはじめSEAのスタッフの皆さんには 長年、すっかりお世話になりました。 私の最初の留学先はアメリカ合衆国オハイオ州。 その後の大学留学ではコネチカットへ。 3年間のアメリカでの生活の後、新天地を求め、カナダのモントリオールへ。 あれこれしているうちに、気がつくと、日本脱出から早11年! 「こんなはずではなかったのに。。。」と、ぴちぴちの10代の自分が、どうやって20代後半の「熟女」に変身したのか、自問自答の今日このごろです。 トホホ。

20100502_02.jpgさ て、話題を変えて、学問について。 私の専攻した科目は何とも地味な「人類学」。 こんなものを勉強したら、まっとうな仕事にはまずありつけないだろうと思いつつも、ただただ他文化の不思議に魅了され、あれよあれよという間に学部、修士 をしてしまいました。 「さあ、何時までも学生生活に甘んじているとだめだ」と自分に鞭をふり、1年間は働いてみたものの、学生生活の懐かしさのあまり、また大学院に戻りしまし た。 博士号のための奨学金応募の傍らに、賃金のもらえるインターンシップも悪くないかもなどという軽い気持ちで願書を出した先がユネスコでした。 大学在籍中ということで、正規就職することを考えていなかったのが功を奏でたのか、面接では緊張せずにすみ、半年後には内定をもらい、2004年度からパ リのユネスコ本部で働き始めました。 仕事内容は、様々な分野で活動を行っているユネスコの中の、「文化局」。 文化局は「世界遺産」に代表され、日本でもよく知られている部署で、その文化局の「開発と文化課」で、人類学的アプローチでのエイズ予防のプロジェクトに 就きました。 しかし、「私の取り組んでる博士号の研究とぴったりだから、勉強と仕事を一石二鳥で出来て、ラッキー」と思ったのもつかの間、3週間で内部移動。

20100502_03.jpg新 しい部署は対外協力局。 簡単に言えば、ユネスコにとっての外務省のようなもの。 私の仕事は、来年愛知で開催される愛知万博の準備。 留学してから日本語でものを書くことは、家族や友達に書く手紙だけという状態から、今や毎日日本語と英語をうまく使い分けなくてはならないという状況に急 転換。 幸運にも、とても立派な上司と良い同僚に囲まれての仕事なので、慣れないことだらけの中、毎日とても楽しく仕事をしていますが、本質的に「バイリンガル」 として、二言語を使いこなすということは大変なんだなあとつくづく思い知らされました。 日本関係の仕事内容ということで、ユネスコの日本人職員とはほとんど顔見知りになることが出来、いろいろとためになる助言をいただいたり、おもしろいお話 を聞きました。

中でも印象に残っているのが、「病欠」について。 ある日本人職員が日本に帰国されるというので、ユネスコ日本人職員10人程度でお別れ会を兼ね、昼食に出かけました。 そこで話題になったのが「病欠」の意義。 無事任期を終え帰国されるその職員の上司は、彼に「君は病欠を一度も取っていないが、いいのか?今年中に取らないと一定の病欠は来年まで持ち越しできない のは知っているのか?」と助言されたとのこと。 この話を聞き、我ら「日本人」は一斉に笑い始めました。 一部の人たちは、病欠をほとんど有給休暇の一部と考えられているようです。 その後、何かの機会に札幌の姉と電話で話をしている間に、有給休暇の話になり、日本では有給休暇は病気になった時につかう病欠でもあると聞きました。 文化の差をつくづく感じます。


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