卒業生の声 | 札幌で留学・海外進学・奨学金獲得なら【SEA国際教育研究所】

ホーム > 卒業生の声

卒業生の声

■卒業生の声

SEAの教育プログラムを修了し、大学・大学院等に入学していった方々の声です。
先輩たちの現地での学生生活、学習環境、海外生活の様子が伺えます。

→カテゴリー:卒業生の声 目次を開く

■就職者の声

SEAから大学・大学院等での学習生活を経て就職した方々の声です。
海外進学者たちの就職選択の多様さ、その後のグローバルな活躍の様子がわかります。

→カテゴリー:就職者の声 目次を開く

前の10件 1  2  3  4

2010.12.17

大江航さん

■出身校/札幌南高等学校
■進学先/トルーマン州立大学(米国 ミズーリー州)

       同大学在学中 上海大学へ交換留学

■内定先/外資系コンサルティングファーム(東京)予定

大江航さんのツイッターはこちら→http://twitter.com/#!/WALT_1987
 



初めてトウモロコシを見て季節を感じるこの米国ミズーリ州に来て、早4年が経ちます。今回は、ここでは「大学生活の総括」、「留学の人生における位置づけと今後」、と最後に「今後留学させる皆さんへの一言」の三点を書いてみました。


 

大学生活の総括
 

【留学前】

20101217_01.jpgも しかしたら、これから留学に発つ方々の中に「留学で何かを変えたい」と思っている方がいるかも知れません。4年前の僕はそうでした。僕は当時「自分はやる と決めたら何がなんでもやり抜く」と自信に溢れ、「ミズーリいちカッチョいい男になる」という決意を胸に、将来に高い志を抱いて米国に来ました。同時に、 「四年間で大学のある村の人口23,000人全員と仲良くなるには、一日15人新しい友だちを作ればいいんだ」なんて計画まで考えていました。(残念なが ら二週間程で挫折しました。)


 

【米国に来ての一年半(大学一年~二年)】

米 国に来ての最初の半年は、自分の力の無さに愕然とする日々でした。自分の異常なまでに成長したいという意欲、利己心が、完璧にキャパシティを超え、ほぼ発 狂していました。当時の日記には、「若いんだから三日間くらい寝なくて丁度いい」とか「孫正義を超えるには・・」などと書き殴ってあり、つまりはとにかく もがいていました。英語もままならなかったので、全ての授業において、授業後必ず分からなかったことを一つひとつ分かるまで教授に聞いていました。露骨に 嫌がる教授もいました。(当たり前ですが。(笑))でも、絶対に手抜きはしなかった。そんな感じでギラギラしてたので、周りからも完璧に変人扱いでした。

19 歳 で初渡米。そこに居たのは、過去に自惚れ、未来に夢を描くカッチョいい自分ではなく、気持ちだけが先走り自分の殻を破れず何も出来ない現実の自分でした。 今振り返れば「現実は今この瞬間、自分は弱い。だから今を本気で生きるしかない」、そんなことに気づいたのが僕の留学生活の本当の意味でのスタートでし た。

その後の一年は精神的には随分落ち着きました。生活に慣れたというよりは、野球部に所属し毎日練習、週末は遠征で、睡眠時間も毎日3 時 間くらいで余計なことを考えずに生きていたからでした。走るトラックに紐で結ばれて引きずり回されるような感覚だったことを記憶しています。それでも一投 手として、内野まで綺麗に整備された天然芝に囲まれ、日本のものよりも縫い目の深い硬式球を手に馴染ませ、バックもキャッチャーも打者も皆アメリカ人の中 で全力で野球ができる環境は最高でした。

そうして気がつけば、野球部の連中を中心に賑やかな友人に囲まれるようになり、ゼロから始まった一年半前の来た当初より、少しか地に足が付いてきたと感じるようになりました。中国への交換留学を決めたのはそんな時期でした。


【中国での一年(大学二年・・・単位以降の関係で二度目の二年)】
留 学を決断した理由は二点あり、「世界経済の中での中国の圧倒的な存在感を肌で感じてみたかったから」と、「大学の超面白くてハングリーで優秀な中国人の友 人たちに魅了され、もっと彼らの懐に入って同じ土俵で競争したいと思ったから」でした。思い立っては上海に飛び、一年の留学生活を過ごしました。結果とし て、この一年は僕の大学生活の中で転機、いやむしろ起点になりました。日々物凄い速さで変化する魔都・上海で、多様な価値観を持ち、あまりに魅力的な日本 人や中国人の方々に立て続けに出会いました。その度に圧倒され思考が停止し、「自分は今まで何をやってきたんだろうか」と自問自答しました。そんな頃海外 に来て初めて自分自身を座標軸上に置き他人と比較し、「どうやったら自分もこんなハッピーになれるんだろうか」と向き合いました。出した結論は、「大きな 志を持つ、でも今は今のために生きる」でした。そこで、「留学期間中に『日中の相互理解に貢献』するような活動をする」と決め、一年間日中の学生や社会人 と一緒になってお互いの視点を深めるような交流の場を作るために東奔西走しました。その活動を通して出会った仲間は一生ものです。
 

【米国に戻ってきての一年半(大学三年~四年)】
20101217_02.jpgそ の後アメリカに戻ってから今に到るまでは、勉強、インターン、学生団体、バイト、旅行、就活などに明け暮れました。入学当初のもがいていた時期を「草創 期」、野球を始め、中国に行き出会いを通して前に進めた時期を「発展期」とするならば、この今までの一年半は「飛翔期」でした。就活を前提とした会計、金 融の勉強や、ベンチャーでのインターンを通じて新しいことを学び続ける環境はとても刺激的ながら、「一体自分は何をやりたいんだ、どう生きたいんだ」と自 身に問い続けました。「ベンチャーに入って、30歳までに起業」とか「監査法人か外資金融に入って、将来に選択肢を」とか色々仮説を立てては「何か違う」 と納得しきれない自分がいました。

そんな中、本格的な就活は2010年の7月頃から10月までの4ヶ月くらいにやりました。業界は、総合商 社、ベンチャー、投資銀行、監査法人、コンサルを受けました。合計で100回以上は楽に面接受け、ほとんど落ちました。しかし、最終的に今年の秋のLAで のキャリアフォーラムで運良く内定を三つ頂き、その中から来年の秋より東京で働くことを決めました。内定先のうち一つはNYCでの監査の仕事で、元々米国 に残りたいという気持ちが強かったため一ヶ月間ほど本気で考えました。お世話になった人生の先輩方や、家族、友人にも相談し、実は、内98%の方々は「迷 わず米国でしょ」とアドバイスをくださっていました。NYCのオフィスにも伺い、採用してくださったパートナーの方とも4,5時間ガチンコで話しました。

全 ての意見、情報を心から参考にし、でも最後は100% 自分で責任を持って決めようと考えていました。結果、自分は「どこで」やるかよりも、「誰と」やるか、そして「何を」やるかの方が圧倒的に大事だと感じ、 多様な価値観を尊重して個々がクライアントに価値を創造することに徹底できる環境に惹かれ、東京に戻ることに決めました。これが今年の10月末のことでし た。

ちなみに今は12月 中旬、丁度ファイナルの時期です。この原稿も勉強休みに書いています。真似はしないで欲しいですが、僕はインターンを通じて圧倒的に限られた時間から上司 がからアウトカムをガッツリ求められるということに慣れて、かつ快感になってしまって以来、ファイナルの勉強もギリギリまで全く手をつけず、直前に最大の 緊張感を持って詰め込んでいます。体に良くないですが(笑)、意外と脳みそに汗をかいて知識は意外と定着してます。

卒 業までの残りの半年は、遊びまくるのは勿論ですが、会計、金融系コアな授業が入ってくるのと、卒業後に中南米、あわよくばヨーロッパまでバックパック旅行 に行くための語学勉強をしようと考えているため、意外と忙しそうです。そういったことも含めて学生にしかできない時間の使い方なので、最後まで存分に楽し もうと思っています。
 

留学の人生における位置づけと今後


20101217_03.jpg 安 い言い方ですが、この四年間は僕の人生を大きく変えました。変えたというよりは、広げたと言うべきかもしれません。しかも深く。高校で野球部を引退した時 点では留学の「りゅ」の字もなかった僕が、この四年間全米中は勿論世界十カ国をバックパックで見て回り、留学生活を通して日常的に英語と中国を使って勉 強、生活をし、幸いにそういったバックグラウンドを活かせる就職先も見つかりました。また、世界中いろんな所に馬鹿な話も真面目な話もできる友人がいた り、世の中の出来事一つに対しても国際的に、多角的に自然と分析し意見を持とうとする習慣ができました。明らかに、僕の人生の幅は広がりました。これは僕 の今後の人生にとって確実に掛け替えの無い財産です。金銭面はさることながら、多方面で支えてくれた親には感謝し尽くせません。
今 後ざっくりですが、まずは五年を目処に今の会社にお世話になって本気で働きます。抽象的ですが、目標は二つ有り、一つ目は「日本の製造業が今何を課題と し、それに対してどう取り組むべきなのか」の解を追求すること(具体的にアジア戦略を中心に)。二つ目は、日本への理解を深めること。一日本人の視点か ら、日本という国、文化、ビジネス、社会、政治、歴史・・などを内側から、より深く学びたいです。28歳くらいに恐らくMBA取得のため米国に戻り、公私 共に一度落ち着かせて、その時本気で向き合いたい世界に飛び込もうと考えています。中、長期的には国外、恐らくアジアで日本に精通していることを強みに価 値創造できるビジネスをできたらと考えています。
 

最後に留学をご検討されている、または近く留学される皆さんへ


既に超長いですが、二点だけ言わせてください。
一点目は、「国際競争力」について。誤解を恐れずに言うと、日本はこれからもっと大変な時代が来ると僕は思っています。今年日本のGDPは中国に追い越さ れ3位になりましたが(1位米国)、もし日本が今後1%の経済成長をすると仮定すると、2050年には、インド、ブラジル、メキシコ、ロシア、インドネシ アに次ぐ8位になるそうです。つまり、僕らが還暦を迎える頃、僕らの子供が働き盛りの頃、今日本が経済支援しているような国にごぼう抜きされているので す。
こ れは、僕らの人生に影響はあるのか?僕はあると思います。なぜなら、日本の国際的プレゼンスが低下するに伴って、日本人一人ひとりが国依存せず、国際社会 で生きる力を求められるからです。現状、日本の製造業が工場を次々と海外移転したり、日系大手メーカーが積極的に外国人新卒採用を始まっています。日本人 に年収数百万払わずとも、アジア他国でその十分の一の給料で同質の仕事がなされる中、日本人はこれまで同等の生活をするのにも、よりクリエイティブに新し い価値創造ができるよう成長していかなければなりません。
じゃ あこういった状況下で僕らはどう生きればいいのか?これは個々で是非考えていただきたいですが、僕は留学を通して得た国際性(語学力、感覚、視野、情報収 集力、経験など)や専門性(僕ですと金融&会計)はきっと基礎体力になると信じています。その上で、自分で論理的に思考し、人を巻き込み、アントレプレ ナーシップ精神を持って価値創造のために問題解決に取り組める人材は、きっとどんな社会でも通用のでは、と思っています。
二 点目は、「人生の生き方」について。冒頭で、僕は「留学で何かを変えたい」と思っていた側だったと言いました。それ自体に間違いはなく、志を高く持つこと は、留学生活のモチベーションになったと思っています。しかし、「志を持つこと」と同時にもう一つ大事なこととして、向き合うのは常に「今の自分」である ということです。僕は今のところの大学生活で三つの壁(入学時、中国留学時、就活時)にぶち当たり、その度に「自分はなんでこんなに駄目なんだ」とか「ど うやったら自分はハッピーになれるんだろうか」とか「自分が将来やりたいことってなんなんだろう」とか、言わば少し欝で、哲学的な方面に迷いこんだりして いました。僕の一貫した答えは「今の自分に誠実になる、本気になる」こと、でした。僕が敬愛する岡本太郎氏もこう仰っています。

生きるというのは、瞬間瞬間に情熱をほとばしらせて、現在に充実することだ。過去にこだわったり、未来でごまかすなんて根性では、現在を本当に生きることはできない。
(岡本太郎『自分の中に毒を持て』)


 

是非、留学に対する個々の想いや志を持ち続け、今を本気で生きてください。きっと想像の域を超えた素晴らしい留学生活、そしてその後の人生を築けるはずです。

2010.11.25

宮下修平さん

2001年アイオワセントラルコミュニティカレッジ入学

→2003年同大学卒業→2010年6月デザイン会社DEXTURE設立
 



20101125_01.jpg高校時代、僕の夢はファッションデザイナーでした。卒業後は服飾の専門学校に行きたいと親に伝えていましたが、両親から「自分に何か一つ財産を持ちなさい」と言われ、なんとなく英語が喋れるようになりたいと思い、なんとなく留学することを決めました。

 

し かしながら、理系クラスだった僕は、英語はもっとも苦手とした科目。SEA入学の際に試したTOFEL®も200点台でした。英語のレベルが著しく低かった僕には、まわりのSEAの生徒がみんな英語のスペシャリストのように感じ、常に劣等感を覚えながらクラスに参加していました。なんとなくで選んでしまった 自分の道は100%間違ってしまったと、その時僕は毎日悩んでいました。

 

どうにかプログラムも終了し、留学先も決定。エルマイラ大学の研修も終え、いざ大学に入学したとき、人生って結局はなんとかなるもんなんだなと思いました。心のどこかで「自分すごいじゃん!」と すら、思っていました。ただ、それはSEAの先生方、そして周りにいた日本人の仲間の協力と支えがあったからであって、自分の能力で切り開いた道ではなかったのだと、入学後に痛感させられました。

 

周りの支えのもと、何気なく話していた僕の英語力は当然の如く瓦解。授業はまったく理解できないし、宿題が「でたのかどうか」すらわからない毎日。数名いた日本人によってどうにか生きることができていた僕は、体調を崩し、入学して1ヵ月足らずで体重が13kg落ちました。その頃の僕の日課は、両親への泣きながらの電話でした。

 

やりたいこ とをする為に大学を辞めたいと訴えた自分を、両親は真っ向から反対しました。両親は、やり遂げることの勇気と大切さを説いてくれましたが、退学を賛成して くれると思っていた僕は、絶望と失望を感じました。しかし、入学して約3ヶ月経とうとしていたその頃、留学生活に微かな手ごたえも感じていました。「たま たま」選考していたビジネスにも、少しずつ興味を持ち始めていたのもこの頃からでした。そして、「自分の道が正しかった事を肯定させるには、今を一生懸命頑張るしかない」、そう決意しました。

 

月日が経ち、毎日の留学生活が楽しくてしょうがなくなっていた頃、僕の夢はファッションデザイナーからビジネスマンに変わっていました。

 

卒業式の時、SEAに入学してから留学生活までの出来事が思い巡らされました。人生の道を間違えたと悩んだことも、体調を崩し両親に電話したことも、そしてそれらが嘘だったか のように楽しく有意義になった留学生活も、自分にとって非常に大切な経験だったなと思いました。それと同時に、もし退学してデザイナーの道を選択していた としても、その道もまた不正解ではなかっただろうなと思いました。なぜなら、人生の道というのは「正解」か「不正解」かではなく、「正解にするかどうか」 だと思うからです。

 

僕は現在、大手企業を退職し、友人と起業した会社で働いています。現在の道を選ぶ前、このご時勢に退職するなんてと、否定的な意見も数多く聞きました。しかし、この選択の良し悪しなんて今はわかりません。だから僕は、過去の選択が正しかったと未来が納得するように、現在をしっかりと生きるだけなのです。

2010.09.24

高杉香織さん

2007年フロリダ州立大学入学→2009年同大学の修士号終了→2010年4月日本国際ボランティアセンターに就職
 



20100924_01.jpg「○○は現在南アフリカへ出張中でして、来月に戻ります。」 

「はい、うちはパレスチナでの活動もしております。」

などなど、電話口でこういった会話をすることがあります。 

 

現在、私は日本国際ボランティアセンター(JVC)という国際協力のNGOで働いています。国際協力の現場で働くこと、これが私の夢でした。3年 半前、SEAを入った時からこの夢を叶えるために大学院へ行きました。中学校のときから現地で現地の人々と汗を流しながら彼らの生活のために働くという 夢がありました。そのために国際開発教育を大学院で専攻ました。実はアメリカ勉強や途上国でのボランティア経験から日本でできる国際協力の仕事をしたいと 考えるようになり、今年の2月に帰国を決意しました。 

 

今は楽しく仕事をしていますが、帰国直後はSEAの吉田さんのところに行っては 「どうしよう・・・」といい続けていました。 SEAを卒業?して3年以上が過ぎてもまだSEAに助けを求める私。とても落ち着く場所なのは今も変わりま せん。そして二つ実感したことがあります。 SEAには"私"という人間を受け入れてくれる人たちがいることです。 

 

もう一つは・・・ 

 

正直、私は「大学院を出れば仕事はたくさんあるだろうなぁ」なんて考えていましたが、人生はそう甘くはありませんでした。それでも今、私が感じていること は、人生甘くはないけど甘くはないだけです。つまりどんなに辛くてもどんなに疎外感を感じても自分の信じるものや夢を持ち続けること、想い続けることでき ちんとそれに見合った場所に落ち着きます。今振り返ると、「あれ、なんとかなっている」 という感じです。一時は私の人生はいったいどうなるのだろうと 思っていましたが、落ち着くところに落ち着くものだと感じています。大衆と違う道を歩むことは勇気がいるし、簡単なことではないと実感していますが、何か 自分の中に想うもの、信じるなにかがあって生きていればきちんと最後はそれが叶う場所に辿りつけるのです。私は心からそう思っています。散々迷い、悩ん だ留学生活でもあり、何度くじけそうになったことかわかりませんが、今の自分があるのはこの3年半があったからで、自分の夢を想い、それを描いた紙切れを 掴んで離すことなく、1%でもある希望を想い続けたからだと思います。

 

と、 偉そうなことを言っていますが、私をとりまく人達との付き合いがなければ、「なんとかなっている」こともなかったのではないかと思っています。同じように 留学をし、同じような悩みを持つ友達と話す事で、私はどれだけ救われたかわかりません。そんな仲間の存在はとても大きいのです。そういう仲間に支えられて いるおかげで、今こうして自分の信じてきた道を歩むことができているのです。

 

最後になりましたが、私の勤めるNGOでは毎年「JVC国際協力コンサート」というのを東京と大阪で開催しています。東京では約2,000人がはいる会場で行い、今年で22年 目になります。東京・大阪にいる方はぜひいらしていただければと思います。このコンサートの収益は全て、JVCの活動国へ当てられます。さらに、「音楽を通して国際協力を」という言葉を掲げ、より多くの人々にNGOの活動、世界の状況を知っていただくことを目的にやっています。出演者5人は全てアメリカか ら来ます。ぜひぜひ起こしください!

(詳細はこちらでご覧ください→ http://www.ngo-jvc.net/concert/

 

長くなりましたが、支えてくれる仲間の存在を大切にしてください。そして自分の信じているものや夢に最後までしがみついてみてください。そうすれば必ず「なんとかなっています。」

2010.06.26

小野寺勇貴さん
■出身校/札幌南高等学校
■進学先/イースタンメノナイト大学
 



20100626_01.jpg8 月19日にアメリカに到着し、1ヶ月と1週間が経ちました。時間が過ぎるのはとても早いです!!こっちに来てからは毎日本当に充実しています!今のとこ ろ午前中は宿題、昼に授業、夕方に野球、夜に宿題といった感じで1週間が過ぎていってます。勉強の方は全て英語なだけあってやっぱり大変です。最初のころ は授業が終わったあとすぐに教授のもとへ質問しに行っていました。今はだいぶ慣れてきて授業にはついていけるようになりましたが、宿題が大変です。

やってることはそれほど難しくないのですが教科書なども全て英語なためとても時間がかかります!野球の方はチームメイトの人たちが本当に愉快でとても楽し くやっています!試合も入ってきて余計気合が入ってきている感じです。実力 も少し上がってきました!こっちの生活はおどろくことが多々ありますが、本当に楽しいです!なのでまだホームシックとかにはなってませんし、カフェテリア の食事も良いので日本食もまだ恋しくなってません。

私生活の面でも不満だったり、困ったりすることもほとんどありません、あるものでやっていける感じです。そしてこっちに来てから色んなことを考えさせら れ、精神的にもまだ1ヶ月ちょっとですが成長してきているように思えます。とりあえずここの環境は最高です、人は良いし、施設も良いし、苦労はたくさんあ りますが留学をして良かったなと心から思えます。日本の大学だとこれほど刺激もなかっただろうし、新しいことも学べなかったように思います。本当、留学さ せてくれた親、サポート してくれたSEAに感謝です。これからも目標に向かって頑張ります!

2010.06.25

金山雄大さん
■出身校/北海道札幌開成高校
■進学先/ニューヨーク州立大学オネオンタ校
 



20100625_01.jpg日 本でパワーを使い切ってしまったのか(SEAで勉強しすぎたせいで)、こっちにきてから勉強に対する熱意が薄れてきて多少やばいなと感じています。周り のインターナショナルの人たちのモチベーションが高いのでなおさら焦ります。図書館でみんな長時間勉強しています。自分はというと、とりあえず図書館に 行って勉強するんですが集中力が続かない。勉強の仕方を忘れてしまったみたいです。みんな宿題やらテストがたくさんあるから勉強せざるを得ない感じです。 自分はファッションデザイン専攻なので、二つファッションの授業をとっていて、どっちかというと実践的なのでみんなより宿題は少ないので宿題はなんとか毎 回終わらせてます。でもテストのためにもっと勉強しなきゃいけないなと思ってます。

授業はすべて理解できますが、ボーっとしてたらおいてかれる気がします。 宿題はその日に終わらせることを薦めます。自分はどちらかというと日常会話の方 が苦戦しています。アメリカ人は容赦なくかなり早い英語で話してきます。聞き取れないときがたまにあります。でも慣れるには積極的に会話に入る努力をする しかないと思います。授業などでdiscussionをやるとアメリカ人がどんどん意見をだしてるのをみてただただ自分は何もしゃべれずに観察してしまい ます。意見をもってるのに恥ずかしがってしゃべれない自分を変えなければいけないと思っています。やはり留学生は留学生でかたまっていてなかなかその枠か ら飛び出してアメリカ人のグループに参加するのは難しいです。でも留学生との交流も別に悪くはないと思います。たとえアメリカ人でなくても英語を話さな きゃいけないに変わりはないから良い練習になります。時間がたてばアメリカ人の友達も増えてきてもっと発展すると思います。

自分はルームメイトがアメリカ人なので彼とよく話すようにしてるし、彼の友達が部屋に来た時はその人たちと話します。そして意外とアジア人目当てのアメリ カ人もいるものでなにもしなくても向こうからグループに参加してきたりもします。自分は自分のファッションをいまでも貫いて、いろんな人にすごいねとか言 われたりして、そっからいろいろと発展させたりもできます。目立つことは良いことです。時間とともに英語は上達すると思います。大切なことは自分から話す ことです。こんな感じで毎日すごしてます。

2010.06.23

藤田陽平さん
■出身校/札幌南高等学校
■進学先/エルマイラ大学
 



20100623_01.jpgあ りがとうございましたでは足りないくらいの感謝。このSEAという素晴らしい学びの場を提供してくださった、吉田さん、藤岡さん、キャロルさん、しげこ さん、ショーン、ジョセフ、マーティン。すべてのSEAに関わった皆さんに感謝したいと思います。本当です。なんだったら、SEAにある机や、椅子、コー ヒーメーカー、木々たち、黒板、Daiohsの水(毎日2Lは飲んでいたと思う。)とかあらゆる物に感謝しています。(もちろん一番お世話になったのはト イレ)

僕がSEAに来て学んだこと
1. この世はあらゆる可能性に満ちているということ。
2. 何かに向かって頑張っている人は、輝いているということ。

 

SEAにいる人は、たいてい何か目的をもって、目的を果たすためにこの場へ来ます。今、日本にいる多くの人は、なんとなく大学に入って、なんとなく就職し て、なんとなく‥。なんとなく星人があふれている中、ここにいる人たちは、真面目に、自分の夢を追いかけ、高めあい、励ましあい、まるで高校の頃の部活の ようでした。目的は、人それぞれ違えども、何かに向かい頑張る姿はものすごくいいものでした。

僕がSEAに来て得たもの
1. 良い飲み仲間(プライスレス)
2. いい教師との出会い(ショーン・パターソン)
3. 英語力
4. 水
5. 夢と希望

 

SEAに来てまだ4ヶ月しかたってないのに、SEAは自分の居場所のようになっていました。だから正直言ってまだここに居てもいいかななんて思ってしまい ます。でも、ここは、自分の夢に向かうためのステップだから、早く旅立つことにしますね。いろいろ迷惑をかけたり、はしゃぎ過ぎたり、むちゃぶりしたりし てごめんなさい(博一君)

 

本当にありがとうございました。

2010.06.21

川原杏里さん
■出身校/北星学園女子高等学校
■進学先/ニューヨーク州立大学プラッツバーグ校
 



20100621_01.jpgア メリカに来てもう一カ月が経ちました。今はもうこちらの生活にも慣れて毎日もの凄い楽しいです!!!今から丁度一カ月前、勉強せずに思い出づくりに励み すぎていたせいか、もの凄く自分の英語に自信がありませんでした。留学することに対して不安は感じませんでしたが、授業についていけるか、また自分の意見 が相手につたわるかどうかが心配でした。そんな状態でアメリカに行き、助けてくれたのは友達でした。私は割りと新しい環境にすぐ慣れるタイプなのでアメリ カに着いて一週間たつ頃にはもうたくさんの外国人の友達が出来ました。

やはり、Native Americanと一緒の授業についていくのは大変で、授業についていくためにはNative Americanの2倍、3倍も努力しなければなりませんでした。しかし、授業で先生の質問が理解出来ない時、自分の言いたい事が伝わらなかった時、いつ も友達が助けてくれました。放課後、お互い授業で分からなかった所を教えあったり、気分転換にDown Townへ遊びに行ったり、くだらない話で盛り上がって外で何時間も話したり...そんなたわいもない時間も私にとってはかけがえのない貴重な時間です。 そして何よりも、彼らと会話をするのがもの凄く楽しいです!! 自分とは違った文化を持ち、考え方も違い、毎日本当に新しい発見ばかりです!

アメリカの大学では、平日は勉強に励む日、週末は宿題の事はいっさい忘れて遊ぶことに励む日、だそうです(笑)こっちに来る前の不安とは裏腹に、今では遊びも勉強も含めて全てがもの凄く楽しいです! この機会を与えてくれた両親に本当に感謝しています!

2010.06.20

中津川雅宣さん
■出身校/小樽商科大学大学院
■進学先/サザンイリノイ大学カーボンデール校
 



20100620_01.jpg早いもので、イリノイ州カーボンデール市に到着して早くも一か月以上が過ぎました。初めての在米に戸惑いも多々ありましたが、ようやく生活にも慣れて、毎日集中して研究できる環境にいます。

こちらに着いてから、幸いにも奨学金をいただけることになり、言語学部付属の英会話学校で講師を務めることになりましたので、充実した毎日を過ごしています。勉学も、大学院の時に勉強をしたことがかなり役に立っており、楽しく勉学できています。

大学院は、レベルはもちろんのこと、教えてもらいたい先生がいるところに行ったほうが良いというアドバイス通り、若手ながら英語教授法を一生懸命研究され ている先生が沢山おり、親身になって相談に乗ってくれています。クラスメートも、世界各国から来ており、切磋琢磨しながら、勉学ができる良い環境です。私 が一番の年下ですので、みんな面倒をよく見てくれています。

ここカーボンデール市は、イリノイ州南部にあり、温暖な気候と、北海道に似た広大な草原が広がり、どこか懐かしい街並みが広がっています。少し足を伸ばしてみると、ミズーリ州セントルイスにも行くことができます。学生街で治安もよく、落ち着いた生活を送っています。

2010.06.19

五十嵐剛斗さん
■出身校/札幌東高校
■進学先/ニューヨーク州立大学ジェネシオ校
 



20100619_01.jpg気 付いてみればもうアメリカに来てから1か月が経とうとしています。今の時点で思うことは、英語も授業も自分次第だということ。会話に場にいてもしゃべら なきゃただのリスニング。アメリカで聞く英語はTOEFL®のリスニングとびっくりするくらいスピードも話し方も違います。

今のところ授業は大レクチャーが2つにMathとEnglish Writing。自分の意見を求められるような授業は特にありません。にも関わらず、現地の生徒は100人以上の授業だろうと20人前後の授業だろうと言 いたいことは言います。わからなければ質問。教授が何か間違えたりしたらすぐ指摘。まだまだ自分はそこに入れていません。

SEAの授業では必然的にみんなの意見が求められる。それを今度は能動的に行わなければなりません。難しい。周りの人たちは留学生だろうと英語はできるも のとして扱ってきます。今年入ってきた留学生は50人近くいると思いますが、どこの国だろうと英語が出来て当たり前の状態で入学してきています。こんなに も自分の英語力の無さを実感させられるとは。正直へこみました。

生活も慣れてきたところでこっから巻き返し。楽しいcampus lifeの中にもっと厳しさを入れていかなければと思う最近です。

2010.06.18

新川友梨奈さん
■出身校/京都インターナショナルユニバーシティーアカデミー
■進学先/ニューヨーク州立大学プラッツバーグ校
 



20100618_01.jpgニュー ヨーク州立大学プラッツバーグ校に来てから約1ヶ月が経ち、大学生活にも慣れてきました。1ヶ月前はまだ何も分からなくて戸惑っていましたが、少し ずつ授業や寮の生活にも慣れていきました。先生達は、新しい環境にまだ慣れていない私達のペースに合わせて教えてくださり、とても優しく接してくれるので 先生と生徒の距離もとても近く、安心です。

寮の生活は初めてなのでとても不安でしたが、ルームメイトや寮長はみんなフレンドリーで"How are you?"といつも声をかけてくれます。私は最初の2週間ほどルームメイトがいなかったのですが、後から他の寮から移ってきた子がルームメイトになり、今 は仲良くやっています。

Plattsburghで一番好きなのは、自然がたくさんあることです。近くには湖もあり、木に囲まれていてリスも良く見かけます。街もきれいで静かなの でとても居心地が良いです。他にも運動ができるフィットネスセンターや図書館、食堂など施設も整っていて、過ごしやすいです。このようにとても良い大学な ので留学生も多く、いろんな国の人たちと仲良くなれる機会も多いです。

実際に来てみて、1ヶ月経った今SUNY Plattsburghに決めて本当に良かったと思っています。SEA国際教育研究所の皆さんにも感謝しています。ありがとうございました。

前の10件 1  2  3  4


PAGETOP
Copyright © 2017 School for Educational Alternatives. all rights reserved.