佐藤弘樹さん「多様性への理解・アイデンティティ構築・リーダーシップ観」 | 札幌で留学・海外進学・奨学金獲得なら【SEA国際教育研究所】

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卒業生の声

2012.05.31

佐藤弘樹さん☆プロフィール

■ 高校:北海高等学校 卒業

■ 大学:北海学園大学 中退

  トルーマン州立大学(米国ミズーリ―州) 2012年5月卒業

 


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  2012年5月、トルーマン州立大学を卒業しました。 入学してから卒業までの4年間を振り返ってみれば早かったように思えますが、様々なことを経験し、そして学び、色々な人たちに会い、自分の人生において非常に意義のある4年間でした。 留学体験談を書くにあたって、何について書いたら良いか考えを巡らせました。 留学中に経験した沢山のことが頭に浮かびましたが、この短いエッセイの中に沢山の事を盛り込むことはできないので、この4年間における自分の精神的な発展に焦点をおいて書くことにしました。 


  そもそも自分がアメリカに留学しようと思った理由は、漠然とした言い方になりますが、日本だけではなく世界で活躍できる人間になりたかったからです。 北海高校の時は将来の計画を真剣に考えていなかったので、そのまま成り行きで北海学園大学に推薦で進学しました。 そんな事だったので、大学では勉強に意欲が湧かず、有意義な時間を過ごせていませんでした。 その一方で、子供の頃からの希望である世界で活躍できる人間になりたいという強い意志はあったので、それを実現するためには行動を起こさねばならないと思い立ち、学園大を辞めて、海外に行くために英語の勉強に専念しました。 そうした中で、インターネットで見つけたSEAと出会った事が人生の転機となり、アメリカの4年制大学への留学の道が明確になりました。 そして、2008年8月からアメリカのミズーリ州カークスヴィルにあるトルーマン州立大学への入学が決まりました。 最初にアメリカへ行く時は、自分の心の中に不安と喜びの両方がありましたが、喜びが勝っていたことを覚えています。


  トルーマン州立大学のあるカークスヴィルは田舎の小さな村ですが、アメリカでの生活を始めた当初は、見るもの全てが新しかったので、わくわくする思いで毎日を過ごしていました。 また、アメリカ人に囲まれて英語を話して生活するということが新鮮で、アメリカ中西部の文化の中で生きることを楽しんでいました。 それに加え、諸外国からの留学生との交流も素晴らしい経験でした。 トルーマンでの勉強は厳しいものでしたが、それでも週末はパーティやバーに行って友人や知り合いと社交の場をもうけて、勉強する時は勉強し、楽しむ時は楽しむというのが、トルーマンでの日々だったと思います。 今まで約4年間アメリカで生活してきましたが、そこでの生活に慣れていくにしたがって、当初の胸が高鳴るような思いはだんだんと薄れていきました。 1年が経つ頃には、自分がアメリカで生活している事が当たり前の現実となり、3年目から4年目になるまでには、トルーマンでの人間関係は自分にとっての世の中となっていました。 その一方、4年目までには、自分の人生において前進するために、慣れ親しんだトルーマンを去って新たな段階に進みたいという思いに駆られていました。 この4年間は、色々な事を経験し、色々な人々に会い、沢山の事を学んだという意味で濃厚な時間であり、自分にとって大きな発展を得ることができた時期であったと捉えています。 それについて、「多様性への理解」、「日本のアイデンティティの構築」、「リーダーシップ観」の3つの側面から書き、最後に「新たな旅」で締め括ります。
  

まず留学の中で、自分を高める上で、そして人生や人間社会について考える上で大きな役割を果たした事は、色々な人々との出会いを通して「多様性への理解」を深めたことにあります。 トルーマンのあるカークスヴィルは田舎の小さな村で、トルーマンに在学するアメリカ人の多くは地元ミズーリ州内の都市であるセント・ルイスやカンザス・シティの出身なので、アメリカ人の人口構成に多様性があるとは言えません。 しかし、日本の札幌出身の自分にとっては初めて異文化の中に住むことなので、多様性への理解の一歩であったと言えます。 また、アメリカ人だけでなく、トルーマンは留学生の獲得に熱心なので、様々な国々からの人々との交流が自分の理解への刺激となったのでした。 トルーマンにはネパール人と中国人の留学生が特に多く、その他、韓国人、インド人、インドネシア人、ブルガリア人、フランス人、ドイツ人、ナイジェリア人、ガーナ人など、様々な国々の人々が勉強に来ています。 日本人の留学生は比較的少なく、自分が在籍した4年間毎年7人前後で推移しました。 日本の札幌で生活していた時は多種多様な人々と交流する機会は無かったので、トルーマンで様々な文化から来た人々と会って話すことが日常になった事は、良い意味で衝撃的であり、自分の人生において劇的な変化でした。 トルーマンでの生活を始めたばかりの頃は、多様な異文化との接触が自分の人生において新しい経験だったので、とても楽しく、わくわくする思いでした。 何ヶ月か経って、自分のおかれた状況に慣れて興奮が冷め始めると、多様な異文化への別の感じ方も心に出てくるようになりました。 どんなことにも長所と短所があり、好きな面と嫌いな面があるように、やがて異文化に関して自分が好きだと思う事と嫌いだと思う事を認識するようになりました。 例えば、アメリカ人やネパール人は本当に友好的、社交的で、自分が友好的に振舞っていれば、すぐに友達になれるという点は素晴らしい事で、自分が好きな面でした。 その一方で、幾つかの国々には、日本人のような繊細な気遣いや上品さを美徳とする文化が無いので、その事に関しては自分が日本の方が良いと思う面でありました。 多様性を知ることで、物事を多方面から理解する能力を高め、それを自分の人生の糧にしていきたいです。
  

トルーマンでの生活を通して「多様性への理解」を深めた事は、自分の人生や将来について考える過程でも、重要な意味をもちました。 大学を卒業した後の事を考える上で、多種多様な考え方や生き方を知ったがゆえに、自分の中での選択肢が増えた反面、迷うことも増えたのだと思います。 当然ながら日本でいう就職活動を視野に入れながらも、アメリカまで来たのだから、日本で一般的な考え方だけに固執するつもりはありませんでした。 アメリカ人と話し、諸外国からの留学生と話し、本当に千差万別の人生の歩み方や将来の計画を聞きました。 一方で、カークスヴィルにいる他の日本人とも話しました。 自分は大学院に志願する一方で、ボストン・キャリア・フォーラムにも行ったりして仕事も探していました。 それは色々な選択肢を考えておきたかったからです。 しかし、いろいろ経験した後、現在のところ、アメリカかヨーロッパの大学院に行って自分の専門である政治学と経済学を極めようと考えています。
  

「多様性への理解」を深めた一方で、異文化や異なった価値観との交流や接触は、自国である「日本のアイデンティティの構築」に繋がったのでした。 アメリカに住むことによって起こった心境の変化の中で大きな事の一つに、日本への想いが強くなったことがあります。 これは自分だけに特別のことではなく、おそらく多くの海外在住の日本人の心中に起こる現象だと思いますが、異文化の中で生きることによって自国のアイデンティティをより強く意識するようになりました。 日本国内で生活していると、外国の存在を身近な物として意識することは無く、日常の中で自分が日本人であるということを深く考える機会はあまり無いと思います。 しかし、アメリカの大学で生活し、アメリカ人だけでなく、中国、インド、ネパール、それからヨーロッパ諸国やアフリカ諸国など、様々な国々の人々と交流すると、まずは自分にとって新しい異文化との接触による興味、関心、そして興奮を覚えました。 それから、異国や異文化の存在を肌身を持って実感することにより、異国と自国を比較して考えることが自然に多くなり、自分が「日本人」であるというより明確なアイデンティティが心に芽生えました。 異国の地で日本の歴史や文化について改めて思いを巡らし、尊敬の念を抱き、海外に住んでいるからこそ日本の美しさや素晴らしさに気付かされる事も多いです。
  

何において母国のアイデンティティを持つかは、人それぞれ考えが異なることでしょうが、自分にとって、日本のアイデンティティの中で特に重視しているものは、武士道を中心とした日本の伝統的な精神文化です。 自分はミズーリ州にしか住んだことがないので、アメリカの他の地方の事はよく知りませんが、少なくとも自分が住んでいる地域のアメリカ人の中で生活していると、キリスト教文化との接触がしばしばあります。 アメリカ人の中でも何を信じて生きているかは人それぞれ多様ですが、キリスト教を堅固に信じている人々も少なくありません。 自分がアメリカへの留学を考えながら日本で生活していた時は、アメリカ社会におけるキリスト教の影響などを深く考えたことはありませんでした。 実際は、アメリカ社会でキリスト教の影響は大きく、多様な社会問題においてキリスト教の価値観がアメリカの民主主義政治に反映されることは大いにあります。 自分としても、日常生活の中でキリスト教を信じている人たちと会話し、彼らの意見や価値観を聞いたことは、とても興味深く、そして衝撃的でした。 キリスト教を信じている人々は、その教義を彼らの倫理観や世界観の根幹に位置付けています。 アメリカ人のキリスト教文化の他に、諸外国からの留学生の文化における世界観や人生観も聞きました。 色々な異なった価値観を聞くと、日本の文化とは何かという事を深く考えるようになりました。 結果として、自分は日本の文化の根幹は武士道にあるという結論に達しました。 日本の文化にはキリスト教のような一神教的宗教観に裏付けされた倫理は存在しないと思います。 その代わり、日本にはその歴史の中で培われた伝統の中に道徳があり、武士道精神がその根幹を成しています。 自分はアメリカでの生活を通して異文化や多様性への理解を深めた一方で、日本のアイデンティティを強固にするにいたりました。 武士道を中心とする日本の伝統の精神文化は、これからも日本人が守っていくべきものであり、世界に誇れるものだと思います。
  

もう一つ特記したい事に、自分の中での「リーダーシップ観」の構成があります。 この4年間の中で、リーダーシップや人間関係について考える機会は幾度もありました。 その中でも自分が重要な経験として捉えている事の一つに、アメリカ陸軍の士官養成プログラム(Army ROTC)の訓練に4ヶ月ほど参加した経験があります。 アメリカでは、大学で国軍や州軍の士官候補を現役大学生からリクルートするROTCというシステムがあり、トルーマンにも国と州の陸軍のROTCがあります。 自分は、面白そうだったので、ROTCのMilitary Scienceの授業課程を履修しました。 Military Scienceの授業の一環として早朝の身体訓練に参加したとき、米軍の訓練服を着たアメリカ人の士官候補生たちを見て、トルーマンでの勉強のかたわら厳しい訓練をつむ質実剛健の精神に感銘を受けました。 自分も文武両道を磨きたいと思い、トルーマンの4学期目に実際に陸軍仕官候補生たちと同じ訓練プログラムに非公式で1学期間参加することにしました。 月曜、水曜、金曜の朝6時に身体訓練をして、毎週木曜日の夕方、実際に米国陸軍の軍服を着て近くの森に戦闘訓練に行きました。 2回ほど山での泊り込みの訓練もしました。 食事は実際に米軍兵士たちが食べるパックに入った即席軍用食でした。 夜は皆で寝袋を使って山の中で野宿をした事もありましたが、凍えるような寒さでした。 山での訓練では、敵軍基地をモデルライフルと偽の手榴弾を使って襲撃する訓練を何度も繰り返しましたが、非常に楽しかったです。 通常ではできない貴重な体験をさせてもらえて、ROTCの教官や同期の士官候補生たちには感謝しています。
  

しかしながら、この軍事訓練の体験をあえてここで書いたのは、単に珍しく興味深かったというだけではなく、自分の人生に役立つことを学べたからです。 ROTCの教官たちは、Military Scienceの授業と訓練を通して、生徒に教えることとして、良きリーダーシップを最も重視していました。 自分のクラスの教諭は陸軍中佐の階級の人でしたが、とても優しい方でした。 彼は、自分が非公式でROTCの訓練に参加することを快諾してくれ、訓練の事について親切に教えてくれました。 中佐とは、クラスでリーダーシップに関する論文を書く時や、早朝の訓練、山や森での訓練の時など、何度も話したことがありました。 彼からはリーダーと部下との間の信頼関係の重要性、過酷な状況での忍耐力、そして正直と誠実の美徳を学び、その軍人精神に感銘を受けました。 士官候補生たちも、訓練の際、自分に親切に教えてくれ、自分を部隊の仲間の一員として扱ってくれました。 Military Science で教官や士官候補生たちとの交流を通して、良きリーダーシップとしてチームの中の信頼関係を築くことの重要性を学びました。 それは、軍隊の中だけでなく、将来どんな仕事をするにしても人間関係において役立つことだと思います。
  

 

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トルーマンを卒業した今、自分は「新たな旅」に出なければなりません。 この4年間では本当に色々な事があり、多様な経験と沢山の人々との出会いを通して、人生に役立つ多くの事を学びましたが、それらは全て自分の将来への「新たな旅」に活かしていかなければなりません。 上述した事柄は、自分が経験した事のほんの一部でしかありません。 楽しい事があり、苦労した事もあり、幸せな時があり、嫌な思いをした時もあり、それら全てを経た上で今の自分があります。 前述したように、今のところ、アメリカかヨーロッパの大学院に行き自分の専門である政治学と経済学を極めたいと考えています。 「多様性への理解」を深めた事、そしてこれからも深めていく事で、多方面から物事を分析する能力を高め、それを自分の人生における問題解決に役立てるべきだと思います。 「日本のアイデンティティの構築」の意義は、自分にとっての1つの人生観を見出した事だけでなく、自分個人として生きる事に加えて、自分が社会や国家の中で生きている事の意味を自分なりに理解した事にあります。 今の段階で、自分の人生の最終的な職業が何かを明言することはできませんが、どんな仕事をするにしても、自分個人と家族のため、そしてそれを超えて社会や国に貢献できる生き方が理想的なのだと思います。 「リーダーシップ観」とは、単にリーダーがいかに部下との良好な関係を築けるかという問題ではなく、人間一人一人がチームとして社会としての利益を追求する事だと思います。 人は皆生きるために個人の利益を追求しなければなりませんが、時としてそれを超えてチーム、会社、社会、国など公の利益を考えて決定、行動する事がリーダーシップなのだと理解しています。 自分はまだ若いので、これからも色々な事を学んでいくのですが、今のところ、上記の要素を大事にして「新たな旅」に活かしていくつもりです。 


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