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卒業生の声

2010.12.17

大江航さん

■出身校/札幌南高等学校
■進学先/トルーマン州立大学(米国 ミズーリー州)

       同大学在学中 上海大学へ交換留学

■内定先/外資系コンサルティングファーム(東京)予定

大江航さんのツイッターはこちら→http://twitter.com/#!/WALT_1987
 



初めてトウモロコシを見て季節を感じるこの米国ミズーリ州に来て、早4年が経ちます。今回は、ここでは「大学生活の総括」、「留学の人生における位置づけと今後」、と最後に「今後留学させる皆さんへの一言」の三点を書いてみました。


 

大学生活の総括
 

【留学前】

20101217_01.jpgも しかしたら、これから留学に発つ方々の中に「留学で何かを変えたい」と思っている方がいるかも知れません。4年前の僕はそうでした。僕は当時「自分はやる と決めたら何がなんでもやり抜く」と自信に溢れ、「ミズーリいちカッチョいい男になる」という決意を胸に、将来に高い志を抱いて米国に来ました。同時に、 「四年間で大学のある村の人口23,000人全員と仲良くなるには、一日15人新しい友だちを作ればいいんだ」なんて計画まで考えていました。(残念なが ら二週間程で挫折しました。)


 

【米国に来ての一年半(大学一年~二年)】

米 国に来ての最初の半年は、自分の力の無さに愕然とする日々でした。自分の異常なまでに成長したいという意欲、利己心が、完璧にキャパシティを超え、ほぼ発 狂していました。当時の日記には、「若いんだから三日間くらい寝なくて丁度いい」とか「孫正義を超えるには・・」などと書き殴ってあり、つまりはとにかく もがいていました。英語もままならなかったので、全ての授業において、授業後必ず分からなかったことを一つひとつ分かるまで教授に聞いていました。露骨に 嫌がる教授もいました。(当たり前ですが。(笑))でも、絶対に手抜きはしなかった。そんな感じでギラギラしてたので、周りからも完璧に変人扱いでした。

19 歳 で初渡米。そこに居たのは、過去に自惚れ、未来に夢を描くカッチョいい自分ではなく、気持ちだけが先走り自分の殻を破れず何も出来ない現実の自分でした。 今振り返れば「現実は今この瞬間、自分は弱い。だから今を本気で生きるしかない」、そんなことに気づいたのが僕の留学生活の本当の意味でのスタートでし た。

その後の一年は精神的には随分落ち着きました。生活に慣れたというよりは、野球部に所属し毎日練習、週末は遠征で、睡眠時間も毎日3 時 間くらいで余計なことを考えずに生きていたからでした。走るトラックに紐で結ばれて引きずり回されるような感覚だったことを記憶しています。それでも一投 手として、内野まで綺麗に整備された天然芝に囲まれ、日本のものよりも縫い目の深い硬式球を手に馴染ませ、バックもキャッチャーも打者も皆アメリカ人の中 で全力で野球ができる環境は最高でした。

そうして気がつけば、野球部の連中を中心に賑やかな友人に囲まれるようになり、ゼロから始まった一年半前の来た当初より、少しか地に足が付いてきたと感じるようになりました。中国への交換留学を決めたのはそんな時期でした。


【中国での一年(大学二年・・・単位以降の関係で二度目の二年)】
留 学を決断した理由は二点あり、「世界経済の中での中国の圧倒的な存在感を肌で感じてみたかったから」と、「大学の超面白くてハングリーで優秀な中国人の友 人たちに魅了され、もっと彼らの懐に入って同じ土俵で競争したいと思ったから」でした。思い立っては上海に飛び、一年の留学生活を過ごしました。結果とし て、この一年は僕の大学生活の中で転機、いやむしろ起点になりました。日々物凄い速さで変化する魔都・上海で、多様な価値観を持ち、あまりに魅力的な日本 人や中国人の方々に立て続けに出会いました。その度に圧倒され思考が停止し、「自分は今まで何をやってきたんだろうか」と自問自答しました。そんな頃海外 に来て初めて自分自身を座標軸上に置き他人と比較し、「どうやったら自分もこんなハッピーになれるんだろうか」と向き合いました。出した結論は、「大きな 志を持つ、でも今は今のために生きる」でした。そこで、「留学期間中に『日中の相互理解に貢献』するような活動をする」と決め、一年間日中の学生や社会人 と一緒になってお互いの視点を深めるような交流の場を作るために東奔西走しました。その活動を通して出会った仲間は一生ものです。
 

【米国に戻ってきての一年半(大学三年~四年)】
20101217_02.jpgそ の後アメリカに戻ってから今に到るまでは、勉強、インターン、学生団体、バイト、旅行、就活などに明け暮れました。入学当初のもがいていた時期を「草創 期」、野球を始め、中国に行き出会いを通して前に進めた時期を「発展期」とするならば、この今までの一年半は「飛翔期」でした。就活を前提とした会計、金 融の勉強や、ベンチャーでのインターンを通じて新しいことを学び続ける環境はとても刺激的ながら、「一体自分は何をやりたいんだ、どう生きたいんだ」と自 身に問い続けました。「ベンチャーに入って、30歳までに起業」とか「監査法人か外資金融に入って、将来に選択肢を」とか色々仮説を立てては「何か違う」 と納得しきれない自分がいました。

そんな中、本格的な就活は2010年の7月頃から10月までの4ヶ月くらいにやりました。業界は、総合商 社、ベンチャー、投資銀行、監査法人、コンサルを受けました。合計で100回以上は楽に面接受け、ほとんど落ちました。しかし、最終的に今年の秋のLAで のキャリアフォーラムで運良く内定を三つ頂き、その中から来年の秋より東京で働くことを決めました。内定先のうち一つはNYCでの監査の仕事で、元々米国 に残りたいという気持ちが強かったため一ヶ月間ほど本気で考えました。お世話になった人生の先輩方や、家族、友人にも相談し、実は、内98%の方々は「迷 わず米国でしょ」とアドバイスをくださっていました。NYCのオフィスにも伺い、採用してくださったパートナーの方とも4,5時間ガチンコで話しました。

全 ての意見、情報を心から参考にし、でも最後は100% 自分で責任を持って決めようと考えていました。結果、自分は「どこで」やるかよりも、「誰と」やるか、そして「何を」やるかの方が圧倒的に大事だと感じ、 多様な価値観を尊重して個々がクライアントに価値を創造することに徹底できる環境に惹かれ、東京に戻ることに決めました。これが今年の10月末のことでし た。

ちなみに今は12月 中旬、丁度ファイナルの時期です。この原稿も勉強休みに書いています。真似はしないで欲しいですが、僕はインターンを通じて圧倒的に限られた時間から上司 がからアウトカムをガッツリ求められるということに慣れて、かつ快感になってしまって以来、ファイナルの勉強もギリギリまで全く手をつけず、直前に最大の 緊張感を持って詰め込んでいます。体に良くないですが(笑)、意外と脳みそに汗をかいて知識は意外と定着してます。

卒 業までの残りの半年は、遊びまくるのは勿論ですが、会計、金融系コアな授業が入ってくるのと、卒業後に中南米、あわよくばヨーロッパまでバックパック旅行 に行くための語学勉強をしようと考えているため、意外と忙しそうです。そういったことも含めて学生にしかできない時間の使い方なので、最後まで存分に楽し もうと思っています。
 

留学の人生における位置づけと今後


20101217_03.jpg 安 い言い方ですが、この四年間は僕の人生を大きく変えました。変えたというよりは、広げたと言うべきかもしれません。しかも深く。高校で野球部を引退した時 点では留学の「りゅ」の字もなかった僕が、この四年間全米中は勿論世界十カ国をバックパックで見て回り、留学生活を通して日常的に英語と中国を使って勉 強、生活をし、幸いにそういったバックグラウンドを活かせる就職先も見つかりました。また、世界中いろんな所に馬鹿な話も真面目な話もできる友人がいた り、世の中の出来事一つに対しても国際的に、多角的に自然と分析し意見を持とうとする習慣ができました。明らかに、僕の人生の幅は広がりました。これは僕 の今後の人生にとって確実に掛け替えの無い財産です。金銭面はさることながら、多方面で支えてくれた親には感謝し尽くせません。
今 後ざっくりですが、まずは五年を目処に今の会社にお世話になって本気で働きます。抽象的ですが、目標は二つ有り、一つ目は「日本の製造業が今何を課題と し、それに対してどう取り組むべきなのか」の解を追求すること(具体的にアジア戦略を中心に)。二つ目は、日本への理解を深めること。一日本人の視点か ら、日本という国、文化、ビジネス、社会、政治、歴史・・などを内側から、より深く学びたいです。28歳くらいに恐らくMBA取得のため米国に戻り、公私 共に一度落ち着かせて、その時本気で向き合いたい世界に飛び込もうと考えています。中、長期的には国外、恐らくアジアで日本に精通していることを強みに価 値創造できるビジネスをできたらと考えています。
 

最後に留学をご検討されている、または近く留学される皆さんへ


既に超長いですが、二点だけ言わせてください。
一点目は、「国際競争力」について。誤解を恐れずに言うと、日本はこれからもっと大変な時代が来ると僕は思っています。今年日本のGDPは中国に追い越さ れ3位になりましたが(1位米国)、もし日本が今後1%の経済成長をすると仮定すると、2050年には、インド、ブラジル、メキシコ、ロシア、インドネシ アに次ぐ8位になるそうです。つまり、僕らが還暦を迎える頃、僕らの子供が働き盛りの頃、今日本が経済支援しているような国にごぼう抜きされているので す。
こ れは、僕らの人生に影響はあるのか?僕はあると思います。なぜなら、日本の国際的プレゼンスが低下するに伴って、日本人一人ひとりが国依存せず、国際社会 で生きる力を求められるからです。現状、日本の製造業が工場を次々と海外移転したり、日系大手メーカーが積極的に外国人新卒採用を始まっています。日本人 に年収数百万払わずとも、アジア他国でその十分の一の給料で同質の仕事がなされる中、日本人はこれまで同等の生活をするのにも、よりクリエイティブに新し い価値創造ができるよう成長していかなければなりません。
じゃ あこういった状況下で僕らはどう生きればいいのか?これは個々で是非考えていただきたいですが、僕は留学を通して得た国際性(語学力、感覚、視野、情報収 集力、経験など)や専門性(僕ですと金融&会計)はきっと基礎体力になると信じています。その上で、自分で論理的に思考し、人を巻き込み、アントレプレ ナーシップ精神を持って価値創造のために問題解決に取り組める人材は、きっとどんな社会でも通用のでは、と思っています。
二 点目は、「人生の生き方」について。冒頭で、僕は「留学で何かを変えたい」と思っていた側だったと言いました。それ自体に間違いはなく、志を高く持つこと は、留学生活のモチベーションになったと思っています。しかし、「志を持つこと」と同時にもう一つ大事なこととして、向き合うのは常に「今の自分」である ということです。僕は今のところの大学生活で三つの壁(入学時、中国留学時、就活時)にぶち当たり、その度に「自分はなんでこんなに駄目なんだ」とか「ど うやったら自分はハッピーになれるんだろうか」とか「自分が将来やりたいことってなんなんだろう」とか、言わば少し欝で、哲学的な方面に迷いこんだりして いました。僕の一貫した答えは「今の自分に誠実になる、本気になる」こと、でした。僕が敬愛する岡本太郎氏もこう仰っています。

生きるというのは、瞬間瞬間に情熱をほとばしらせて、現在に充実することだ。過去にこだわったり、未来でごまかすなんて根性では、現在を本当に生きることはできない。
(岡本太郎『自分の中に毒を持て』)


 

是非、留学に対する個々の想いや志を持ち続け、今を本気で生きてください。きっと想像の域を超えた素晴らしい留学生活、そしてその後の人生を築けるはずです。


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